小牧長久手の「金ヶ崎の退き口」——秀吉に迫られた家康を救った殿軍
榊原康政は徳川四天王の一人として家康の数多くの戦いに参加した。特に1584年の小牧長久手の戦いでは、豊臣秀吉方の池田恒興隊を奇襲して撃破する武功を挙げた。この戦いで康政は秀吉に対して激しく批判する檄文(回状)を出したとされ、秀吉が「康政の首に懸賞金」をかけたという逸話がある。関ヶ原(1600年)では東軍として北陸方面を担当し、上杉軍と対峙。戦後は上野館林藩10万石を得た。文武に優れた四天王として後世に評価が高く、館林藩は後に徳川綱吉が藩主となった有名な藩である。