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PERSON
佐々木道誉
佐々木道誉
バサラ大名の先駆け
1306-1373 · 享年 67歳
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生涯
1306年、近江国の守護大名・佐々木氏(京極氏)の当主として生まれた。本名は佐々木高氏(後に道誉と号した)。幼い頃から武芸・文雅に優れ、鎌倉幕府末期には六波羅探題の傘下に入った。1333年の鎌倉幕府滅亡に際しては北条方を見限り足利尊氏に従い、以後南北朝の動乱を生き抜く幕府方の主要武将となった。観応の擾乱(1350〜52年)では尊氏と直義の兄弟争いに関与しながらも巧みに生き残り、幕府の最有力守護の一人として君臨した。その一方で豪奢な装束を纏い贅沢な花見・宴を催す「バサラ」(権威への反骨的な華美な振る舞い)の象徴として『太平記』に繰り返し描かれる。1340年代には河原で大宴会を開いて将軍家をも凌ぐ派手な演出をしたことが伝わる。妙法院を焼き討ちにする乱暴もあったが、連歌・立花・茶の湯の各分野では一流の芸人として著名であり、南北朝文化を牽引する文化人の側面も持っていた。1373年、68歳で没した。
人物像
権威や慣習に囚われない自由奔放な気質。華やかさを好むバサラ精神の体現者であり、同時に政治的嗅覚に優れた現実主義者でもあった。
歴史的意義
「バサラ」文化の象徴的存在。室町時代の華やかな文化(能・茶道・花道)の源流を作った人物の一人。『太平記』における最も個性的な人物として名高い。
逸話・エピソード
妙法院焼討から豪華花見まで——バサラの体現者
佐々木道誉は南北朝時代に「バサラ(権威への反骨的な華美な振る舞い)」の象徴として知られた。妙法院に干渉されて焼討にするという乱暴な行動の一方、贅沢な花見の宴を開いて将軍家をも凌ぐ派手な演出をした。1343年には鴨川の河原で大宴会を開き、その奢侈ぶりが『太平記』に詳しく描かれた。
─ 完 ─
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