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PERSON
佐々木小次郎
佐々木小次郎
巌流の剣士
?-1612 · 享年 1612歳
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生涯
生年不詳。越前国(現・福井県)の出身とされるが、経歴の多くは伝説に包まれている。中条流(または富田流)の剣術を学び、長刀「備前長船長光」(通称「物干し竿」)を愛用した。秘剣「燕返し」は福井の一乗滝で燕の飛翔を見て編み出したと伝わる。細川家の兵法指南役を務め、当代随一の剣客として名を馳せた。1612年(慶長17年)4月13日、関門海峡の小島・船島(のちに巌流島と呼ばれる)で宮本武蔵と決闘。武蔵の遅参に苛立ち、刀を抜いて鞘を捨てた小次郎に対し、武蔵は「小次郎、敗れたり。勝つ者がなぜ鞘を捨てるのか」と言い放ったとされる。武蔵の櫂から削り出した木刀に打たれて倒れ、命を落とした。
人物像
孤高の剣士。自らの剣技に絶対の自信を持ち、誇り高い性格であったとされる。しかし伝承と史実の境界が曖昧であり、実像は定かではない。
歴史的意義
宮本武蔵の最大のライバルとして日本剣術史上最も有名な決闘の相手となった。巌流島の決闘は数百年にわたり小説・演劇・映画の題材となり続けている。「燕返し」の名は現代の剣道・漫画・ゲームにも引用される。
逸話・エピソード
巌流島の決闘——武蔵の遅参と小次郎の鞘
1612年4月13日の朝、下関沖の船島で行われた決闘は日本史上最も有名な一騎打ちである。武蔵は約束の刻限に大幅に遅れて現れた。この遅参は小次郎の心を乱すための計略であったとされる。案の定、待たされた小次郎は苛立ち、武蔵が舟から降り立つと即座に刀を抜き、鞘を海に投げ捨てた。武蔵はこれを見て「小次郎、敗れたり。勝つ者がどうして鞘を捨てるのか」と叫んだという。小次郎が得意の燕返しを繰り出そうとした瞬間、武蔵は舟の櫂から削り出した長大な木刀で小次郎の頭を打ち据えた。なお、決闘の詳細は後世の脚色が多く、実際の経緯は不明な点が多い。小次郎の年齢も18歳説から70歳超説まであり、謎に包まれている。
─ 完 ─
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