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PERSON
佐々木高綱
佐々木高綱
宇治川先陣の勇将
1160-1214 · 享年 54歳
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生涯
1160年、近江国(現・滋賀県)の御家人・佐々木秀義の四男として生まれた。幼少期に父は源義朝に仕えていたが、平治の乱(1159年)後に相模国に逃れ、頼朝配流の地・伊豆に近い土地で育った。1180年に頼朝が挙兵すると父・秀義および兄弟と共にいち早く参陣し、関東平定から平家追討の各戦に活躍した。高綱の名を不朽にしたのが1184年1月の宇治川の先陣争いである。木曾義仲討伐のため源範頼・義経の大軍が宇治川を渡ろうとした際、高綱は頼朝から賜った名馬「生唼(いけづき)」に騎乗し、梶原景季の「磨墨(するすみ)」と渡河一番乗りを競った。高綱は景季に「あなたの馬の鞦(しりがい)が緩んでいる」と偽って油断させ、その隙に先んじて川を渡り切った。両軍の武士から歓声が上がったこの逸話は『平家物語』の名場面として後世に伝わる。平家滅亡後は近江国守護となり、晩年は出家したと伝わる。1214年頃に没。
人物像
勇猛果敢で名誉を重んじる武将。宇治川の先陣争いでは機転を利かせて景季を出し抜くなど、武勇だけでなく知恵にも長けていた。
歴史的意義
宇治川の先陣争いは「平家物語」の名場面として日本文学史に刻まれている。名馬「生唼」と共に武士の武勇伝の代表格として語り継がれる。
逸話・エピソード
宇治川の先陣争い——名馬「生唼」と景季への一計
1184年1月、源範頼・義経の軍が木曾義仲討伐のために宇治川を渡ろうとした。佐々木高綱は頼朝から賜った名馬「生唼(いけづき)」に騎乗し、梶原景季の「磨墨(するすみ)」と渡河一番乗りを競った。高綱は川に入る直前、景季に「あなたの馬の鞦(しりがい)が緩んでいる」と声をかけた。景季が鞦を確認しようと馬を止めた隙に、高綱は一気に川を渡りきり先陣を制した。両岸の武士たちからは歓声が上がったという。この逸話は『平家物語』に詳しく描かれ、武士の誉れの象徴として今も語り継がれている。
─ 完 ─
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