1160年、近江国(現・滋賀県)の御家人・佐々木秀義の四男として生まれた。幼少期に父は源義朝に仕えていたが、平治の乱(1159年)後に相模国に逃れ、頼朝配流の地・伊豆に近い土地で育った。1180年に頼朝が挙兵すると父・秀義および兄弟と共にいち早く参陣し、関東平定から平家追討の各戦に活躍した。高綱の名を不朽にしたのが1184年1月の宇治川の先陣争いである。木曾義仲討伐のため源範頼・義経の大軍が宇治川を渡ろうとした際、高綱は頼朝から賜った名馬「生唼(いけづき)」に騎乗し、梶原景季の「磨墨(するすみ)」と渡河一番乗りを競った。高綱は景季に「あなたの馬の鞦(しりがい)が緩んでいる」と偽って油断させ、その隙に先んじて川を渡り切った。両軍の武士から歓声が上がったこの逸話は『平家物語』の名場面として後世に伝わる。平家滅亡後は近江国守護となり、晩年は出家したと伝わる。1214年頃に没。