1593年に千宗旦の次男として生まれた。号は一翁。若い頃に讃岐高松藩の松平家に茶頭として仕えたが、後に京都に戻り、武者小路の地に官休庵という茶室を構えて武者小路千家を開いた。「武者小路千家」の名は所在地である武者小路に由来する。父・宗旦のわびの精神を独自に解釈し、合理的で無駄のない点前を追求した。三千家の中では最も小規模だが、「一よりはじめる」の精神で茶の本質に向き合う清廉な茶風は根強い支持を集めている。弟の江岑(表千家)・仙叟(裏千家)とは異なる独自の路線を歩みながら、祖父利休のわびの精神を時代に合わせて伝えた。1675年に83歳の長寿を全うして没した。