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PERSON
芹沢鴨
芹沢鴨
新選組初代筆頭局長
1826-1863 · 享年 37歳
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生涯
常陸国の神道無念流の達人。文久3年(1863年)に幕府が浪士組を募った際、近藤勇・土方歳三らと共に上洛した。水戸藩出身の浪士を率いる芹沢は試衛館一派と並ぶ筆頭局長に就任した。苛烈な性格と暴力的な振る舞いで知られ、京都市中でのたびたびの乱暴が問題視された。豊後橋本屋事件・力士殺傷事件など幾つかの暴行事件を起こし、新選組の統制を乱した。文久3年(1863年)9月18日夜、八木邸の寝室において近藤・土方らの刺客に暗殺された。その死は会津藩の許可のもとに行われたとも伝えられる。愛人の小梅も共に殺害された。芹沢の暗殺後、近藤勇が実質的な新選組の統率者となった。
人物像
剛毅で豪快な一方、酒癖が悪く暴力的な一面があった。水戸学の影響を受けた尊王攘夷の志士としての側面も持つが、粗暴な行動が組織の結束を乱す原因となった。
歴史的意義
新選組の初代指導者として組織の基礎を作ったが、その暗殺は近藤・土方体制確立の契機となった。幕末の暗闘を象徴する存在として、今も多くの小説・ドラマに登場する。
逸話・エピソード
新選組の粛清——芹沢鴨の暗殺と組織の純化
芹沢鴨は1863年に壬生浪士組(新選組の前身)が結成された際に局長となった。しかしその暴虐な行動——商人への恐喝・無関係な人々への乱暴・酒乱——が問題となり、1863年9月18日に近藤勇・土方歳三らによって八木邸で暗殺された。芹沢の粛清により新選組は近藤派一色となり、その後の池田屋事件などの活躍へとつながる組織として整備された。芹沢鴨は新選組最初の「犠牲者」として、後の小説・映画・漫画で繰り返し描かれる人物となった。
関連する歴史的事件
1863
芹沢鴨暗殺
文久3年(1863年)9月18日夜、新選組の初代筆頭局長・芹沢鴨が京都壬生の八木邸において暗殺された事件。芹沢は水戸藩出身の豪傑で、新選組草創期に近藤勇と並ぶ局長として組織を牽引したが、粗暴な行動と酒乱で度重なる問題を起こしていた。当夜、芹沢は大酒を飲んで就寝したところを、近藤・土方らの刺客に急襲された。愛人・小梅と平山五郎も共に殺害された。この暗殺は会津藩の黙認のもとで実行されたとも伝わる。芹沢の死後、近藤勇が新選組の単独局長として実権を握り、土方歳三との二頭体制で組織の近代化と規律強化を推し進めた。新選組という組織の権力闘争を象徴する事件として幕末史に刻まれている。
芹沢鴨は八木邸の寝室で暗殺された。その激しい生涯はわずか1年余りの新選組活動に凝縮されており、組織草創期の混乱と権力闘争を象徴する。
ゆかりの地 — 1
八木邸
京都府
芹沢鴨は八木邸の奥座敷に居住していた。文久3年9月18日夜、酒を飲んで就寝した芹沢は近藤・土方らの刺客に暗殺された。この地が芹沢の最期の地となった。
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