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PERSON
雪舟
雪舟
日本水墨画の最高峰
1420-1506 · 享年 86歳
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生涯
1420年頃、備中国(岡山県)に生まれた。幼い頃から絵を好み、京都の相国寺に入って修行した。幼少期の伝説として語り継がれるのが「涙でネズミを描いた話」だ——絵ばかり描いて修行をしない雪舟を和尚が柱に縛りつけて罰すると、雪舟は足の親指を使って床に涙をこぼし、その涙でネズミの絵を描いた。本物そっくりのネズミに驚いた和尚は縄を解いたという。この話が真実かどうかはわからないが、雪舟の際立つ才能を示す伝説として今も語り継がれる。1468年に遣明使節に従い明(中国)に渡ると、中国の水墨画の本場で学び、師・周文の様式から脱した独自の表現を確立した。帰国後は大内氏の庇護のもと山口に構え、のちに豊後(大分県)に移り、晩年は周防(山口県)で活躍した。「天橋立図」「秋冬山水図」「山水長巻」など、雪舟が描いた水墨画は、中国の技法を日本の自然・感性と融合させた、他に類を見ない境地に達している。86歳という長寿を全うし、生涯筆を置かなかった。没後に「画聖」と呼ばれ、今日も日本画の頂点に君臨する不世出の巨匠である。
人物像
天才にありがちな奔放さと、禅僧としての精神的深みを兼ね備えた。中国で本場の技を直接学ぼうとする向学心と、「日本独自の表現」を追求した自立心が際立つ。生涯筆を持ち続けた不屈の画人。
歴史的意義
「天橋立図」「秋冬山水図」など多数の国宝・重要文化財を残した。「画聖」として日本の水墨画の最高峰に位置し、後世の日本画家に多大な影響を与え続けている。
逸話・エピソード
天橋立図と破墨山水——日本水墨画の頂点を極めた禅僧の芸術
雪舟(1420〜1506年)は相国寺で禅と絵を学んだ後、1468年に明に渡り中国水墨画を直接学んだ。帰国後、日本独自の水墨山水画を確立し、「天橋立図」「四季山水図巻」「秋冬山水図」など多くの傑作を残した。「破墨山水」(墨を破るように広げる技法)の名作は東京国立博物館に所蔵されている。伝説では、修行中に柱に縛られた雪舟が涙で鼠の絵を描いたところ本物と見紛うほどだったという逸話がある。国宝6件、重要文化財1件を残した日本水墨画の始祖として今も崇められる。
名言
「墨は五彩を兼ね備える」
「山を見よ。山はすべてを語っている。絵師は山になりきって初めて山を描ける」
関連する歴史的事件
1483
東山文化
15世紀後半、8代将軍・足利義政の東山山荘(銀閣を含む)を中心に展開した文化。応仁の乱(1467-77)後の動乱のなかで、簡素・幽玄・侘び・禅の精神性を重んじる日本独自の美意識を確立した。銀閣(慈照寺観音殿・1489年造営)と東求堂同仁斎は書院造の原型。書院造は近代和風住宅の源流となり、畳・障子・床の間・違い棚・付け書院などの要素を備える。枯山水庭園(龍安寺石庭・大徳寺大仙院)、水墨画の大成(雪舟『四季山水図巻』『秋冬山水図』)、侘び茶の創始(村田珠光)、華道(池坊専慶)、能の台頭、連歌(宗祇『新撰菟玖波集』)など、後の日本文化の骨格が形成された。
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─ 完 ─
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