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PERSON
聖光
聖光
鎮西上人・浄土宗鎮西派の祖
1162-1238 · 享年 76歳
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生涯
応保2年(1162年)筑前国(福岡県)に生まれた。字は弁阿、号は聖光房。はじめ天台宗を学んだが、建久8年(1197年)に上洛して法然を訪ね、その日のうちに弟子となった。建久10年(1199年)に再度上洛して法然より『選択集』を付与された。法然の教えを忠実に継承し、故郷の筑後国に善導寺を開いて九州における念仏布教の基盤を築いた。法然没後は浄土教の正統的教義を体系化する著述に努め、嘉禎4年(1238年)77歳で没した。
人物像
法然の教えを一点の曇りなく継承しようとした忠実な直弟子。初対面で即座に帰依した純粋な信仰心と、教義を体系的に整理する学問的能力を兼ね備えた。
歴史的意義
聖光の鎮西派は浄土宗の主流派として発展し、現在の浄土宗(知恩院を総本山とする)はこの系統に属する。弟子の良忠を経て浄土宗は全国に広まり、日本最大級の仏教宗派となった。善導寺は大本山として今も九州の浄土宗の中心である。
逸話・エピソード
聖光と鎮西浄土宗——法然の正統を継ぐ九州浄土宗の確立
聖光(弁長)は法然の直弟子として筑前(福岡県)に浄土宗を広め、「鎮西浄土宗」を確立した。法然の流罪後も師の教えを守り、九州全体への念仏普及に尽力した。法然の「選択集」(念仏の選択について書いた法然の主著)の正統な継承者を自任し、「本願念仏」(阿弥陀如来の本願による念仏)の実践を説いた。鎮西浄土宗は現在の浄土宗(総本山・知恩院)の主流を形成し、最大の浄土宗系統となった。
─ 完 ─
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