頼朝の前で仇討ちの正当性を説いた——20歳の若武者の最期
1193年5月、富士の巻狩りの夜、曽我五郎時致は兄・十郎とともに工藤祐経の陣を急襲して仇討ちを果たした。しかし兄は乱戦で討ち取られ、五郎は単身で源頼朝の宿所に斬り込んだ。頼朝の御所警護の武士たちに取り押さえられた後、五郎は頼朝の面前に引き据えられた。そこで五郎は臆することなく「父の仇を討つのは武士の本分。一点の後悔もない」と堂々と述べたと曽我物語は伝える。頼朝はその胆力に感嘆したとも言われるが、結局五郎は同年に処刑された。享年20。その剛勇は武士の鑑として後世に語り継がれ、能・歌舞伎・浄瑠璃など無数の芸能作品の題材となった。