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PERSON
菅原道真
菅原道真
学問の神・天神様
845-903 · 享年 58歳
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生涯
845年、代々文章博士を輩出した学者の家・菅原氏に生まれた。幼少から神童と呼ばれ、11歳で漢詩を作ったと伝わる。文章博士・讃岐守・蔵人頭などを歴任し、宇多天皇の篤い信任を受けて右大臣にまで昇進した。学者出身でありながら、藤原氏全盛の時代に政治の中枢に迫る異例の出世であった。900年に宇多天皇が醍醐天皇に譲位すると後ろ盾を失い、翌901年に左大臣・藤原時平の讒言により突如太宰府(福岡)の大宰権帥として九州に左遷された。京を去る際、自邸の梅を見て「東風吹かばにほひおこせよ梅の花主なしとて春を忘れるな」と詠んだ歌は後世に伝えられる名歌となった。太宰府では官舎に幽閉同然の生活を強いられ、失意と望郷の念の中、903年2月25日に59歳で没した。没後、京都では大火・疫病・皇族の相次ぐ死など災厄が続発し、道真の怨霊によるものと恐れられた。919年に太宰府天満宮が創建され、947年には京都に北野天満宮が建立されて「天神様」として祀られた。
人物像
学問に対する情熱と誠実さを兼備した文人政治家。左遷後も恨み言を述べず、梅を愛し漢詩を詠んだ高潔な人物として伝わる。「飛梅伝説」は道真への梅の忠義を物語る。
歴史的意義
学問の神「天神様」として全国約12,000社の天満宮に祀られる。受験シーズンには合格祈願の参拝者で賑わう。太宰府天満宮と北野天満宮が総本社。
逸話・エピソード
「東風吹かば匂ひをこせよ梅の花」——太宰府への旅立ち
901年、藤原時平の讒言により太宰府に左遷が決まった道真は、京の梅の木を見ながら「東風吹かば匂ひをこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな」と詠んだ。すると庭の梅が道真を慕って一夜にして太宰府まで飛来したと伝わる(飛梅伝説)。太宰府天満宮には今もこの「飛梅」が祀られ、参拝者が絶えない。
学問の神・天神様として全国に祀られる
903年に太宰府で憤死した道真の死後、京都では疫病・旱魃・落雷が続き、政敵の藤原時平も39歳で急死した。朝廷はこれを道真の怨霊のなせる業と恐れ、947年に北野天満宮を建立して道真の御霊を祀った。「天満大自在天神」として神格化された道真は、学問の神として全国に広まり、今日では約12,000社の天満宮・天神社で祭祀される。受験シーズンには全国で合格祈願の参拝者が列をなす。
─ 完 ─
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