天文17年(1548年)、三河国に生まれた。13歳から徳川家康に仕え始め、以来生涯にわたって家康の傍らで戦い続けた。三方ヶ原の戦い(1572年)・長篠の戦い(1575年)・小牧・長久手の戦い(1584年)・関ヶ原の戦い(1600年)など主要な合戦はすべてに参加し、生涯57回の合戦で一度も傷を受けなかったと伝えられる不世出の武将である。織田信長に「東に本多忠勝あり、西に立花宗茂あり」と称えられ、豊臣秀吉には「日本第一、古今無双の大将」と激賞された。愛槍「蜻蛉切」(とんぼきり)は天下三名槍のひとつ。関ヶ原後は桑名藩10万石を拝領した。1610年に没した。享年63歳。徳川四天王(井伊直政・榊原康政・酒井忠次)のひとり。