1169年、平清盛の弟・経盛の末子として生まれた。幼い頃から笛の才を示し、祖父・忠盛が鳥羽院より賜ったとされる名笛「小枝(こえだ)」を手放さず愛用した。平家一門の貴公子として京の文化に育まれた敦盛は、1184年の一ノ谷の戦いにわずか16歳で出陣した。源義経の奇襲によって平家軍が壊滅すると、敦盛は馬に乗って沖の船に逃れようとした。そこを御家人・熊谷直実に「敵に背を向けるは武士の恥」と呼び止められ、引き返して直実と向き合った。直実は相手の若さと高貴な面差しに心を動かされ、躊躇したが、背後に源氏の軍勢が迫る中、涙ながらに敦盛の首を取った。その首から名笛「小枝」が見つかり、直実はあまりの無常を感じて後に出家、法然の弟子・蓮生房となった。「敦盛の最期」は『平家物語』の中でも格別の名場面であり、「人間五十年」の幸若舞や能「敦盛」など多くの古典芸能の源流となっている。