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PERSON
平維盛
平維盛
光源氏に喩えられた美将
1159-1184 · 享年 25歳
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生涯
平重盛の嫡男で、平清盛の孫にあたる。その容姿の美しさから「光源氏の再来」と称された。1180年、源頼朝挙兵の報を受けて追討軍の大将として東国に向かったが、富士川の戦いで水鳥の羽音に驚いて戦わずに撤退するという失態を演じた。1183年には北陸で木曾義仲を討つべく出陣したが、倶利伽羅峠の戦いで義仲の火牛の計にかかり壊滅的な大敗を喫した。この敗北は平家の都落ちの直接的な原因となった。以後は平家一門とともに西国を転々としたが、1184年に屋島を離れて那智の沖で入水自殺したとされる。美貌と悲運を兼ね備えた平家の貴公子として『平家物語』に描かれている。
人物像
美貌に恵まれた貴公子然とした人物だが、武将としての決断力に欠けた。都の雅な暮らしに適した繊細な性格で、戦場での重圧に耐えられなかった。
歴史的意義
倶利伽羅峠の大敗は平家没落の転換点となった。『平家物語』における維盛の悲劇は、武門の貴公子の哀れを体現し、読者の共感を誘い続けている。
逸話・エピソード
富士川の水鳥——戦わずに撤退した不名誉の合戦
1180年、頼朝追討のため東国に向かった平維盛の大軍は、富士川を挟んで源氏軍と対峙した。その夜、陣内の水鳥が一斉に飛び立つ羽音を源氏の夜襲と誤り、平家軍は戦わずして総崩れで撤退した。この「富士川の戦い」は平家の軍事的脆弱さを天下に示し、源氏再興の気運を大いに高めた歴史的事件である。維盛が追討軍の主将であったことで、この失態は彼の名に永く刻まれた。
─ 完 ─
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