平頼盛
平頼盛
清盛の異母弟・池禅尼の子
1133-1186 · 享年 53歳
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へぇ、と思う三話
池禅尼の嘆願——母の慈悲が歴史を変えた
平治の乱(1159年)後、捕らえられた源頼朝の処刑が決まりかけたとき、頼盛の母・池禅尼は清盛に「頼朝の命を助けてほしい。亡き息子の忘れ形見(幼い面影)に似ている」と懸命に嘆願した。清盛は義母の哀訴に折れ、頼朝を伊豆に流罪とした。この判断が後の平家滅亡と鎌倉幕府成立につながったことは歴史の皮肉であり、一方でその恩義が頼盛の命を救った。
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生い立ちから最期まで
平忠盛の子で清盛の異母弟。母は池禅尼(藤原宗子)。池禅尼はかつて平治の乱(1159年)の際、処刑されるはずだった源頼朝の助命を清盛に嘆願し、伊豆への流罪に減刑させた人物として知られる。頼盛は平家一門の中で兄清盛とは微妙な距離を保ちつつも、高い官位を得て朝廷で活動した。1183年に平家が都落ちする際、頼盛は一門に同行せず都に留まった。これは母池禅尼が頼朝の命を救った恩義があったためとされ、頼朝もまた頼盛を厚遇して所領を安堵した。平家一門がほぼ壊滅する中で生き延びた数少ない人物であり、母子の情が運命を分けた象徴的な存在である。
人物像
一門の中で独自の立場を保った慎重な人物。兄清盛への複雑な感情を抱えつつも、母の教えに従い柔軟な処世術を身につけた。
歴史的意義
池禅尼による頼朝助命は日本史の転換点の一つであり、その恩義が頼盛の生存につながった。母子の絆が歴史を動かした稀有な例として語り継がれる。
家系図
家系図
平忠盛
平家の礎
平清盛
太政大臣
平重盛
嫡男・小松殿
平維盛
光源氏の再来
平宗盛
平家総大将
平知盛
壇ノ浦で入水
高倉天皇
平徳子
建礼門院・安徳天皇母
平教盛
教盛
平敦盛
一ノ谷の笛
平頼盛
源氏に降伏
─ 完 ─
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