character/[id]

PERSON
高峰譲吉
高峰譲吉
アドレナリン結晶化・タカヂアスターゼ開発者
1854-1922 · 享年 68歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
1854年、加賀藩の藩医の子として高岡に生まれた。工部大学校(現・東京大学工学部)を卒業後、英国グラスゴーに留学。農商務省勤務を経て渡米、実業家として活躍した。1894年、麹菌から消化酵素を抽出して「タカヂアスターゼ」として商品化、米国大手パーク・デイビス社と契約し莫大な富を得る。1900年、上中啓三とともにウシの副腎髄質から世界で初めてホルモン・アドレナリンの結晶化に成功。これは20世紀最初のホルモン単離であった。1913年には私財を投じて理化学研究所(理研)の設立構想を発表、日本の基礎科学振興に尽力。ニューヨークに日本人会・日本クラブを設立し日米友好にも寄与した。1922年ニューヨークで没、享年67。
人物像
科学者と実業家の両面を高次元で併せ持った稀有な人物。研究成果を特許化して事業化する発想は当時の日本人には珍しく、米国資本主義の中で成功を収めた国際派であった。同時に祖国の科学振興を常に念頭に置き、理研設立という形で具体化した愛国者でもあった。
歴史的意義
アドレナリンは現在も救急医療・麻酔・アナフィラキシー治療に不可欠の薬剤であり、高峰の結晶化はその医薬化を可能にした画期的業績。タカヂアスターゼは「タカヂア」として現代でも消化薬として日本で販売されている。1917年に設立された理化学研究所は戦後に湯川秀樹・朝永振一郎ら多くのノーベル賞学者を輩出し、日本科学界の中核となった——高峰の遺志が結実した組織である。高岡の生家は記念館として公開されている。
逸話・エピソード
1894年——麹からタカヂアスターゼ
1894年、高峰は麹菌(アスペルギルス)から強力な消化酵素の抽出に成功し、これを「Taka-Diastase」と名付け米国で特許を取得した。パーク・デイビス社との独占契約により商品化、爆発的な売上を記録した。日本の伝統的発酵文化である「麹」を近代科学で分析し、世界市場で売れる医薬品に変えた発想の転換が鍵であった。この事業の成功が後にアドレナリン研究の資金基盤となり、理研設立の構想にもつながっていく。
1900年——アドレナリン結晶化
1900年夏、高峰と助手の上中啓三は、ウシの副腎髄質から抽出液を作り、結晶状の物質を得ることに成功した。彼らはこれを「アドレナリン」と命名、翌1901年に特許を取得した。これは20世紀で最初に単離されたホルモンであり、生化学史上の画期的業績となった。米国のエイベルが類似物質「エピネフリン」を先に発表したが、純粋結晶化に成功したのは高峰が先であり、特許裁判でも高峰の優先権が認められた。現代の救急現場で使われるエピペンの祖先がここに生まれた。
理化学研究所設立の父
1913年、ニューヨークで成功していた高峰は帰国し、日本に純粋科学を研究する機関の必要性を訴えた。彼の構想と渋沢栄一ら財界人の協力により1917年、理化学研究所(理研)が設立された。高峰自身は理研初代副総裁となり、基礎科学振興の礎を築いた。戦後、理研は湯川秀樹の中間子理論や朝永振一郎のくりこみ理論など多くのノーベル賞級研究を生み出す舞台となる。高峰の「日本にも欧米と同等の研究機関を」という夢が、20世紀後半の日本科学の黄金時代を準備したのである。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U