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PERSON
高杉晋作
高杉晋作
奇兵隊創設者
1839-1867 · 享年 28歳
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生涯
長州藩上士・杉梅太郎家に生まれ、吉田松陰の松下村塾で久坂玄瑞・伊藤博文らとともに学んだ。幕府の命による上海渡航(1862年)で欧米列強による清国の半植民地化を目の当たりにし、「このままでは日本も同じ道を歩む」と痛感して攘夷から倒幕へと思想を転換した。1863年、士農工商の身分を超えて志願者で組織する「奇兵隊」を創設し、日本初の近代的軍事組織を誕生させた。下関戦争(1864年)では列強四国との交戦を経験した。長州藩内の俗論派(和平派)が藩の実権を握ると、わずか80名の同志と功山寺挙兵(1865年1月)を決行して藩論を倒幕へと統一することに成功した。四境戦争(1866年)では幕府軍を次々と撃破して長州の対幕優位を確立し、明治維新の土台を作った。しかし結核に侵され、大政奉還を見届けることなく1867年4月14日に29歳で病没した。辞世「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは こころなりけり」は今も語り継がれる。
人物像
「おもしろきこともなき世をおもしろく」の辞世に象徴される破天荒な行動力の持ち主。天才的な軍事・政治センスを持ちながら、享楽的な一面も持ち合わせた風雲児であった。
歴史的意義
奇兵隊の創設は日本の軍制に革命をもたらし、明治維新の軍事的基盤となった。身分制度を超えた志願兵組織という発想は、近代日本の国民軍の先駆けであった。
辞世の句
辞 世 の 句
おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり
逸話・エピソード
奇兵隊の創設——武士以外の庶民を取り込んだ革命的な軍制改革
高杉晋作は1863年、長州藩の武士以外の庶民も参加できる「奇兵隊」を創設した。これは武士身分の者だけで構成されていた従来の藩軍とは全く異なる革命的な軍制改革であった。奇兵隊は後に幕府の長州征伐を撃退する主力となった。また、高杉は三味線・俳句・詩文にも優れた文化人で、幕末の詩「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり」は今も広く知られる。1867年に27歳で結核により病死した。
関連する歴史的事件
1869
東京招魂社創建・靖国神社の誕生
明治2年(1869年)6月、明治天皇の思し召しにより、幕末の戊辰戦争で亡くなった官軍側の戦没者を慰霊するため、東京・九段坂上に「東京招魂社」が創建された。創建にあたり、大村益次郎が鎮座地の選定・施設の設計に深く関わった。明治12年(1879年)に「靖國神社」と改称。「靖国」の名は「国を靖(やす)んずる=国を平和にする」の意。西南戦争・日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・太平洋戦争と、以後の国内外の戦争で亡くなった戦没者が次々と合祀され、最終的に約246万6千柱に及ぶ。吉田松陰・高杉晋作ら幕末の勤王の志士も祀られており、近代日本の国家的追悼施設として中心的役割を担ってきた。
─ 完 ─
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