1202年頃、二代将軍・源頼家の娘として生まれた。母は賀茂重長の娘とされる。北条氏がその権力を固める中で源氏将軍の一族は次々と命を絶たれ、竹御所は頼朝の血を直接受け継ぐ最後の女性として幕府内で特別な存在感を持った。父・頼家は1204年に殺害され、叔父の実朝も1219年に暗殺されたため、源氏将軍家の血統は男系では断絶した。幕府の正統性維持のために竹御所は大切に処遇され、長じては尼として生きた時期もあったが、1230年(28歳頃)に北条泰時らの取り計らいで四代将軍・藤原頼経の正室となった。源頼朝の血筋と摂関家の血筋を結ぶこの婚姻は幕府の権威付けに重要な意味を持った。しかし1234年、竹御所は難産の末に死産した赤子とともに命を落とした。享年33。この死により源頼朝の直系子孫は完全に途絶え、以後の将軍はすべて京都から迎えられることとなった。