堺の豪商・武野家に生まれ、若くして和歌・連歌を三条西実隆に学んだ。堺を通じて入ってきた村田珠光系のわび茶を学び、歌道で磨いた美意識を加えてさらに洗練・体系化した。茶室の草庵化を推し進め、竹の蓋置や木地の棗など日常の道具を茶の湯に取り入れることで「侘び」の具現化を深めた。「正直に慎み深く、おごらぬさま」をわびの本質と唱え、茶の精神を深化させた。千利休をはじめ今井宗久・津田宗及ら堺の茶人を育て上げ、わび茶を完成へと導いた最大の功労者として知られる。1502年に生まれ、1555年に54歳で没した。堺の自治都市の文化的中心人物としても活躍し、その影響は茶道史に計り知れない遺産を残した。