1976年2月4日、米上院多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)でロッキード社副会長コーチャンが、全日空のトライスター旅客機売り込みに絡み日本の政府高官に5億円が渡されたと証言。捜査の結果、田中前首相が現職時代に丸紅を通じて5億円を受領したとして、7月27日に東京地検特捜部に逮捕された。8月17日に保釈、1983年10月12日に第一審で懲役4年・追徴金5億円の実刑判決。控訴審でも実刑が維持され、最高裁上告中に1993年田中は死去、公訴棄却となった。逮捕後も新潟3区から圧倒的得票で当選を続け、自民党を離脱しても田中派(後の経世会)を率いて政界の最大実力者「闇将軍」として中曽根康弘・竹下登らの首相選任に影響力を行使し続けた。