寺島盛徳
寺島盛徳
富崎城に拠った神保旧臣
?-1605 · 享年 55歳
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生涯
生年は不詳。通称は牛介(牛之助)。越中守護代・神保氏の旧臣で、神保氏没落後も越中における反織田勢力の一人として活動した。天正9年(1581年)、上杉景勝による越中侵攻に呼応して富崎城(滝山城)に立て籠もったが、織田方の軍勢に鎮圧され大道城へと逃れた。その後も五箇山の一向宗門徒や神保氏の旧臣らと合流し、織田方への抵抗を続けた。天正10年(1582年)の本能寺の変で織田信長が横死すると、その混乱に乗じて魚津城から撤退する織田軍を他の国人らとともに追撃したと伝わる。慶長10年(1605年)に没した。
人物像
主家・神保氏が没落した後も織田方への抵抗をあきらめず、上杉方に呼応して挙兵するなど、最後まで旧主への忠義と反骨精神を貫いた武将であった。
歴史的意義
盛徳が拠った富崎城(滝山城)は、越中守護代・神保氏の勢力圏を伝える城跡として富山市婦中町に残る。神保氏没落後も抵抗を続けた盛徳の生涯は、戦国末期の越中における国人領主たちの複雑な動向を今に伝えている。
─ 完 ─
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