1138年、伊豆国の在地豪族として生まれた。娘・政子が源頼朝と結ばれたことが人生の転機となり、1180年の頼朝挙兵を経済的・軍事的に全力で支援した。平家滅亡後の鎌倉幕府草創期において政所別当・侍所別当を兼任し、頼朝の死後も幕府の実権を握り続けた。1199年、頼朝の死後に実質的な最高権力者となり、1203年に三代将軍候補・一幡を擁立した比企氏を滅ぼす比企能員の変を主導。さらに自ら主導して源実朝を傀儡将軍に据え、初代執権に就任した(1203年)。しかし後妻・牧の方の野心に引きずられ、1205年に有力御家人・畠山重忠を謀反の疑いで討たせ一族を滅ぼした(畠山重忠の乱)。さらに実朝を廃して牧の方の婿・平賀朝雅を将軍に据えようとしたが(牧氏事件)、この陰謀を察知した息子・義時と娘・政子に先手を打たれ、伊豆に追放された。享年77歳。北条氏による執権政治の礎を築いた初代執権であり、その子孫は150年以上にわたって幕府を支配し続けた。