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PERSON
北条時政
北条時政
初代執権
1138-1215 · 享年 77歳
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生涯
1138年、伊豆国の在地豪族として生まれた。娘・政子が源頼朝と結ばれたことが人生の転機となり、1180年の頼朝挙兵を経済的・軍事的に全力で支援した。平家滅亡後の鎌倉幕府草創期において政所別当・侍所別当を兼任し、頼朝の死後も幕府の実権を握り続けた。1199年、頼朝の死後に実質的な最高権力者となり、1203年に三代将軍候補・一幡を擁立した比企氏を滅ぼす比企能員の変を主導。さらに自ら主導して源実朝を傀儡将軍に据え、初代執権に就任した(1203年)。しかし後妻・牧の方の野心に引きずられ、1205年に有力御家人・畠山重忠を謀反の疑いで討たせ一族を滅ぼした(畠山重忠の乱)。さらに実朝を廃して牧の方の婿・平賀朝雅を将軍に据えようとしたが(牧氏事件)、この陰謀を察知した息子・義時と娘・政子に先手を打たれ、伊豆に追放された。享年77歳。北条氏による執権政治の礎を築いた初代執権であり、その子孫は150年以上にわたって幕府を支配し続けた。
人物像
野心家で老獪な政治家。頼朝の信頼を得て幕府の中枢に食い込んだが、晩年は後妻の影響で判断を誤り失脚した。
歴史的意義
北条氏による執権政治の始祖。幕府の草創期に政所別当・侍所別当を兼ね、北条氏の権力基盤を築いた。
逸話・エピソード
牧氏事件と失脚
後妻・牧の方の影響で将軍・実朝の廃立を企てるも、子の義時と政子に阻止され伊豆に追放。自らが築いた執権の座を子に奪われた。
北条時政 年表
1138
北条時政、伊豆に生まれる
1177
娘・政子が源頼朝と結婚
1180
頼朝の挙兵を支援。鎌倉入りに同行
1185
壇ノ浦の戦い。平氏滅亡
1192
頼朝が征夷大将軍に就任
1199
頼朝死去。十三人の合議制に参加
1200
梶原景時を排除
1203
比企能員を滅ぼす。初代執権に就任
1205
牧氏事件。義時・政子により追放
1215
伊豆にて死去(78歳)
関連する歴史的事件
1203
比企能員の変
建仁3年(1203年)、二代将軍・源頼家の外戚として権勢を誇った比企能員を、初代執権・北条時政が謀殺した事件。頼家が重病に陥ると、時政は能員を自邸に呼び出して殺害。さらに比企一族の館を襲撃し、一族を滅ぼした。頼家の嫡子・一幡もわずか6歳で殺害された。頼家は伊豆修禅寺に幽閉され、翌年殺害された。この事件により北条氏が幕府の実権を完全に掌握し、以後の執権政治の基盤が築かれた。政子にとっては息子・頼家の外戚を滅ぼすという苦渋の決断であった。
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ゆかりの地 — 2
鶴岡八幡宮
神奈川県
時政は頼朝と共に鶴岡八幡宮の造営を支援し、初代執権として幕府の政治的基盤を固めた。しかし後に権力欲から排斥され、鎌倉を追放された。
大倉幕府跡
神奈川県
時政は頼朝の舅として幕府創設を支え、初代執権に就任。しかし権力を独占しようとして元久2年(1205年)に義時・政子によって追放された。
─ 完 ─
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