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PERSON
常盤御前
常盤御前
義経の母・三大美人
生没年不詳 · 享年 62歳
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生涯
生没年は不詳だが、平安時代末期に都随一の美女として名声を博し、近衛天皇の中宮に女房として仕えた才媛。源義朝の側室となり、今若(後の阿野全成)・乙若(後の円仏)・牛若(後の源義経)の三人の子を産んだ。1159年の平治の乱で義朝が敗北して尾張で殺されると、常盤は厳冬の中、幼い三人の子を連れて都から逃亡した。しかし平家方が常盤の母を人質にとったため、子供たちの命を守るために止む無く清盛の前に出頭した。清盛はその絶世の美貌に心を動かされ、常盤を側室に迎える条件で三人の子供たちの命を助けたとされる。その後清盛の側室となった期間を経て、一条長成と再婚した。三人の息子の内、義経は7歳で鞍馬寺に預けられ、後に日本史に名を刻む武将へと成長した。全成も僧籍に入り後に頼朝の下に参じた。常盤自身の最期については諸説あって不明である。
人物像
絶世の美女であり、子供たちを守るために自らの身を犠牲にした母の鑑。清盛の前に出頭する決断は、母としての覚悟を示すものであった。
歴史的意義
「義経記」や能、歌舞伎で繰り返し描かれる悲劇のヒロイン。清盛の前で泣きながら子供の命乞いをする場面は日本文化に深く根付いている。
逸話・エピソード
清盛の前で子の命を請う——母の決断と美貌の代償
1159年の平治の乱で夫・源義朝が尾張で殺されると、常盤御前は厳冬の中、幼い三人の子(今若・乙若・牛若)を連れて都から逃亡した。しかし平家方が常盤の老母を人質にとったため、常盤は子供たちの命を守るために平清盛に出頭した。清盛はその絶世の美貌に心を動かされ、常盤を側室として迎える代わりに三人の子供たちの命を助けた。この决断により末子・牛若(後の源義経)は生き延び、後に日本史に名を刻む武将となった。常盤御前の自己犠牲は、母の愛と歴史の転換点を重ね合わせた物語として日本文化に深く根付いている。
─ 完 ─
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