富岡秀高
富岡秀高
小泉城主・北条方の吾妻国衆
1530?-1590? · 享年 60歳
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小泉城を訪れると出会えます
ゆかりの地 1か所
富岡秀高を訪ねる
1 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
小泉城
群馬県
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生涯
生没年は一次史料で確定できず推定。上野国の武将・小山高朝の次男として生まれ、初名を小山重朝といった。富岡氏の当主・富岡秀親の跡を継いで富岡秀高(対馬守)を名乗り、上野国小泉城主となった。永禄10年(1567年)、北条氏康に通じて北条方に属し、以後は北条氏の吾妻・邑楽方面における有力国衆として活動した。天正6年(1578年)の御館の乱では上杉景虎の救援に赴き、天正9年(1580年)には駿河で武田氏と交戦。天正11年(1583年)の沼尻の合戦では佐竹義重・佐野宗綱勢の攻撃をことごとく撃退し、北条氏から感状を受けた。天正18年(1590年)の小田原征伐に際しては新田金山城の守備にあたったと伝わる。
人物像
北条氏に忠実に仕え、防衛戦においてたびたび武功を挙げた実直な国衆。主家の危機には自ら出陣する忠義を示した。
歴史的意義
小泉城(富岡城)を守り抜いた戦国領主として、城跡は現在も城之内公園として整備され、大泉町指定史跡に指定されている。
─ 完 ─
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