それまで免疫学の最大の謎は「人体はどうやって未知のウイルスにも対応する数十億種類の抗体を作れるのか?」であった。ゲノムには遺伝子が限られているため「一つの抗体に一つの遺伝子」という従来の前提では説明不可能であった。1976年、利根川はマウス胚と成熟B細胞のDNAを比較、成熟細胞では遺伝子の一部が再構成(組換え)されていることを発見。少数の遺伝子断片が組み合わされて膨大な多様性が生まれていたのである。この発見は「生物は遺伝子を再編集する」という革命的事実を示した。
1987年10月、スウェーデン王立科学アカデミーは、その年のノーベル生理学・医学賞を利根川進に単独授与すると発表した。受賞理由は「抗体多様性を生み出す遺伝的原理の発見」。日本人としては湯川秀樹(物理1949)・朝永振一郎(物理1965)・江崎玲於奈(物理1973)・川端康成(文学1968)・佐藤栄作(平和1974)・福井謙一(化学1981)に続く7人目のノーベル賞受賞者であり、医学・生理学分野では初の日本人受賞となった。MITで受けた利根川の電話での喜びの声は全世界に報じられた。
ノーベル賞後、普通の研究者は自身の成果の延長で生涯を終える。しかし利根川は免疫学から神経科学へと研究対象を全面的に転換、「記憶はどのように脳に保存されるか」という新たな問いに挑んだ。光遺伝学を駆使して特定の記憶細胞(エングラム細胞)を操作する研究で世界をリード、アルツハイマー病の記憶回復実験でも注目を集めている。70代・80代でも第一線で研究を続ける姿は、日本科学者の理想像を体現している。