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PERSON
利根川進
利根川進
抗体多様性の遺伝的原理を解明したノーベル賞科学者
1939-
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生涯
1939年9月5日、愛知県名古屋市に生まれた。京都大学理学部化学科を卒業、大阪大学大学院理学研究科修士課程修了後、米カリフォルニア大学サンディエゴ校で博士号取得。ソーク研究所を経て1971年、スイスのバーゼル免疫学研究所に移り、ここで免疫学研究に本格的に取り組む。1976年、脊椎動物が無限とも言える多様な抗体を作り出す仕組み——少数の遺伝子断片が組み換わって膨大な多様性を生み出すV(D)J組換え——を発見。この業績により1987年、日本人で初めてノーベル生理学・医学賞を単独受賞した。1981年からMIT教授、1994年から理研脳科学総合研究センター長を兼任。近年は免疫学から神経科学に研究対象を移し、記憶・学習のメカニズム、アルツハイマー病研究で成果を挙げている。
人物像
徹底した合理主義者にして国際派。日本の学閥・人脈に頼らず米国・欧州で実力のみで評価を勝ち取った独立独歩の研究者。鋭い論理と粘り強い実験で常に本質的問いに切り込む。免疫学から神経科学へと研究対象を変え続ける探究心も特徴。
歴史的意義
利根川のV(D)J組換え発見は、免疫学・分子生物学の教科書を書き換えた20世紀後半最大級の発見である。ワクチン開発・免疫療法・自己免疫疾患治療など現代医療の広範な分野が彼の業績の上に成り立つ。日本人初の医学・生理学分野ノーベル賞受賞は後進の研究者に大きな励みとなり、以後、本庶佑(2018年)・山中伸弥(2012年)ら複数の日本人受賞者が続く道を開いた。MITピコワー学習・記憶研究所で現役として活躍し続けている。
逸話・エピソード
1976年バーゼル——抗体多様性の謎を解く
それまで免疫学の最大の謎は「人体はどうやって未知のウイルスにも対応する数十億種類の抗体を作れるのか?」であった。ゲノムには遺伝子が限られているため「一つの抗体に一つの遺伝子」という従来の前提では説明不可能であった。1976年、利根川はマウス胚と成熟B細胞のDNAを比較、成熟細胞では遺伝子の一部が再構成(組換え)されていることを発見。少数の遺伝子断片が組み合わされて膨大な多様性が生まれていたのである。この発見は「生物は遺伝子を再編集する」という革命的事実を示した。
1987年——日本人初の医学・生理学ノーベル賞
1987年10月、スウェーデン王立科学アカデミーは、その年のノーベル生理学・医学賞を利根川進に単独授与すると発表した。受賞理由は「抗体多様性を生み出す遺伝的原理の発見」。日本人としては湯川秀樹(物理1949)・朝永振一郎(物理1965)・江崎玲於奈(物理1973)・川端康成(文学1968)・佐藤栄作(平和1974)・福井謙一(化学1981)に続く7人目のノーベル賞受賞者であり、医学・生理学分野では初の日本人受賞となった。MITで受けた利根川の電話での喜びの声は全世界に報じられた。
第二の研究——記憶の分子メカニズム
ノーベル賞後、普通の研究者は自身の成果の延長で生涯を終える。しかし利根川は免疫学から神経科学へと研究対象を全面的に転換、「記憶はどのように脳に保存されるか」という新たな問いに挑んだ。光遺伝学を駆使して特定の記憶細胞(エングラム細胞)を操作する研究で世界をリード、アルツハイマー病の記憶回復実験でも注目を集めている。70代・80代でも第一線で研究を続ける姿は、日本科学者の理想像を体現している。
─ 完 ─
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