訃報に泣き、出家して菩提を弔い続けた——虎御前の貞節
1193年の富士の仇討ちで十郎祐成が命を落とした後、大磯の遊女・虎御前はその訃報に接して深く嘆き悲しんだ。翌年19歳で仏門に入り、愛する人の菩提を弔うため信濃国善光寺に赴いて念仏三昧の日々を送ったと曽我物語は伝える。また大磯には今も「虎御石」と呼ばれる石が残り、虎御前が大切に守ったと伝わる。彼女の一途な貞節は武士の悲恋の象徴として高く評価され、江戸時代には多くの浮世絵や読み物でその姿が描かれた。大磯の地は現在も虎御前ゆかりの地として観光客が訪れる。