1867年3月19日(慶応3年2月14日)、遠江国敷知郡山口村(現・静岡県湖西市山口)の大工・豊田伊吉の長男として生まれた。貧しい農家兼大工の家で、小学校卒業後は家業の大工を手伝ったが、母が夜なべで手織機に向かう姿を見て「母の苦労を軽くしたい」と発明への志を抱く。1890年、23歳の時に東京上野で開催された第3回内国勧業博覧会を訪れ、欧米の機械に衝撃を受け本格的に織機開発を志す。同年、自作の「豊田式木製人力織機」で初めての特許(第1195号)を取得。1894年「糸繰返機」、1896年「豊田式汽力織機」(日本初の動力織機)、1903年「T式自動織機」と次々と発明を続け、1911年名古屋に豊田自動織布工場(後の豊田紡織)を設立。1918年豊田紡織株式会社設立。1924年、畢生の発明「無停止杼換式豊田自動織機(G型自動織機)」を完成、糸が切れると自動的に停止し1人で数十台を動かせる画期的機械となった。1926年豊田自動織機製作所(現・豊田自動織機)を設立、G型織機を英国プラット社に10万ポンド(当時約100万円)で特許権を売却。生涯で発明特許84件、外国特許13件、実用新案35件を取得。1930年10月30日、名古屋市で63歳で没。息子・喜一郎に「自動車を発明すること」を遺言し、トヨタ自動車創業の礎を築いた。