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PERSON
筒井順慶
筒井順慶
大和の戦国大名・洞ヶ峠の順慶
1549-1584 · 享年 35歳
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生涯
大和国を支配した戦国大名。幼少期から激しい抗争を生き抜き、松永久秀と争いながら大和を統一した。織田信長に属し、その後豊臣秀吉の傘下に入った。本能寺の変(1582年)の際、山崎の戦いに際して「洞ヶ峠」で日和見をしたとされ、「洞ヶ峠を決め込む」という慣用句の語源となった。ただしこれは後世の創作・誇張が多く、実際には比較的早く秀吉方についたという研究もある。1584年に36歳で病死。
人物像
生存本能と現実主義的判断力を持つ戦国武将。「洞ヶ峠」の逸話で日和見主義者の代名詞にされたが、実際には大和の安定に尽くした治世者だった面が大きい。
歴史的意義
「洞ヶ峠を決め込む」という日本語の慣用句として後世に名を残す。良くも悪くも「日和見」の象徴として文化的影響力を持ち続けている。
逸話・エピソード
洞ヶ峠の日和見——慣用句になった武将の選択
1582年6月、本能寺の変で織田信長が横死した後、山崎の戦いで明智光秀vs羽柴秀吉の決戦が行われた。このとき筒井順慶は大和から北上して「洞ヶ峠」に布陣し、戦況を見極めようとしたとされる。秀吉が勝利後、この行動は「形勢を見て強い方につく日和見」の例えとして使われるようになり、「洞ヶ峠を決め込む」という慣用句が生まれた。ただし近年の研究では、実際には順慶は比較的早く秀吉への支持を表明していたという見解もある。
─ 完 ─
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