備中・常山城主。備中の豪族・上野高直の嫡男で、足利氏分流とされる上野氏の一族。備中の戦国大名・三村家親の娘、鶴姫を妻に迎え三村氏と姻戚を結んだ。永禄11年(1568年)には本領の一部を毛利輝元に返還するなど毛利方に接近した。天正3年(1575年)、義理の親族である三村元親が毛利氏に攻められ自刃すると、隆徳も三村方につくことを選び、常山城が毛利軍に包囲された末、次男・妹を手にかけた後、嫡子隆秀と共に自刃した。妻・鶴姫は侍女三十余名を率いて敵陣に突撃し、その後自害したと伝わり、「常山女軍」の逸話として今に語り継がれる。