大永3年(1523年)生まれ。山内上杉氏の家督と関東管領職を継ぎ、上野国平井城を居城とした。天文15年(1546年)の河越夜戦で北条氏康に大敗し、3000余の将兵を失って平井城へ敗走。以後も北条氏の圧迫を受け続け、天文21年(1552年)に平井城が落城すると、越後の長尾景虎(後の上杉謙信)を頼って逃れた。永禄4年(1561年)、鎌倉鶴岡八幡宮において景虎に上杉の姓と関東管領職を譲り、「上杉政虎」と名乗らせた。これが「上杉謙信」誕生の契機となった。天正6年(1578年)、謙信の死後に勃発した御館の乱では養子・上杉景虎方に与し、天正7年(1579年)3月18日、御館において57歳で討死した。