北条氏照
北条氏照
滝山・八王子城を築いた北条一門の驍将
1542-1590 · 享年 48歳
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滝の城
埼玉県
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生涯
天文11年(1542年)、後北条氏3代当主・北条氏康の三男として生まれた。弘治2年(1556年)頃、武蔵滝山城主・大石定久の養子となり「大石源三氏照」を名乗って由井領を継承、永禄2年(1559年)に由井城(後の滝山城)に入城した。永禄5年(1562年)には三田氏の旧領・勝沼領も併合し、武蔵北部から下野方面への北条氏の拠点を担った。永禄7年(1564年)の下野出兵に際しては、滝山城の支城・滝の城(現・埼玉県所沢市)で軍勢の召集(陣揃え)を行った記録が残る。永禄12年(1569年)に武田信玄の侵攻で滝山城が攻撃されたのを機により堅固な八王子城の築城を進め、本拠を移した。下総関宿城・下野諸城の攻略で北条氏の関東制圧を主導したが、天正18年(1590年)の小田原征伐で小田原城に籠城。開城後の7月11日、兄・氏政とともに切腹を命じられ、49歳で没した。
人物像
養子先の大石氏の家臣団を掌握する統率力と、下野・上野方面への積極的な軍事行動を主導する武断的な気質を併せ持った。北条氏一門の中でも特に軍事・外交の両面で活躍した実力者。
歴史的意義
滝山城・八王子城という2つの巨大山城を築いた築城の名手として知られる。八王子城跡は国指定史跡として今も残り、小田原合戦で兄と運命を共にした最期は、後北条氏滅亡を象徴する逸話として語り継がれている。
さらに深く
家系図
1515-1571
北条氏康
後北条氏第3代当主。河越夜戦で関東の覇権を確立した。
本人
北条氏照
1542-1590
─ 完 ─
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