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PERSON
和気清麻呂
和気清麻呂
忠臣・護王神社の祭神
733-799 · 享年 66歳
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生涯
奈良時代後期から平安時代初期の公卿。道鏡の天皇即位を阻止した忠臣として名高い。769年、宇佐八幡宮から「道鏡を天皇にせよ」という神託が下ったとされ(宇佐神宮神託事件)、称徳天皇の命で神託を確認しに行った清麻呂は「道鏡を天皇にすべからず」という反対の神託を持ち帰った。道鏡の怒りを買い「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」と改名させられ大隅国(鹿児島)に流罪となったが、称徳天皇の死後に名誉回復し光仁天皇・桓武天皇に重用された。平安京の造営に尽力し、現在の京都の礎を築いた人物の一人。護王神社(京都)の祭神として今も崇敬されている。
人物像
権力者への反論を厭わない強い信念と、天皇家の正統性を守る忠義心の持ち主。流罪という重い処罰を受けながらも信念を曲げなかった剛毅な人物。
歴史的意義
道鏡の皇位簒奪を阻止した忠臣として歴史に名を残す。護王神社(京都御所西隣)は明治天皇から「護王」の号を賜り、現在も「いのしし神社」として親しまれている。
逸話・エピソード
宇佐神宮神託事件——日本の皇位を守った忠臣
769年、道鏡への皇位継承を示す神託が宇佐神宮から届いたとされる。称徳天皇は和気清麻呂を勅使として宇佐に派遣した。清麻呂は現地で「皇位は天照大神の子孫が継ぐべきもので、道鏡を天子とすべからず」という真の神託を受け、これを天皇に奏上した。激怒した道鏡は清麻呂を流罪に処したが、称徳天皇崩御後に清麻呂は復権し、桓武天皇のもとで平安京造営に尽力した。現在の護王神社には「いのしし」が奉納動物として知られ、清麻呂が流罪途中に猪に助けられたという伝説に由来する。
─ 完 ─
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