矢部義兼
矢部義兼
横山党の武士・矢部城を構え和田合戦で戦死
1147頃-1213 · 享年 66歳
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生涯
武蔵七党の一つ、横山党に属した鎌倉時代の武士。相模国矢部の地に居館を構えた。横山党は姻戚関係にあった和田義盛に加勢し、建暦3年(1213)の和田合戦で和田方とともに戦い、義兼は享年67で討死した。乾元2年(1303)、子孫が供養のため板碑を建立したと伝わる。
人物像
姻戚の和田義盛への義理を貫き、劣勢の合戦に加勢して戦死した武士。
歴史的意義
和田合戦での敗北により横山党は歴史の表舞台から姿を消したが、矢部城跡には子孫が建てたと伝わる板碑が残り、義兼を偲ぶよすがとなっている。
─ 完 ─
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