character/[id]

PERSON
山県昌景
山県昌景
赤備えの猛将
1529-1575 · 享年 46歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
武田四天王の一人。兵の軍装を赤で統一した「赤備え」の創始者として知られる。小柄ながら「山県が動けば敵が逃げる」と恐れられた猛将。信玄の死後も武田軍の中核を担い、長篠の戦い(1575年)で壮絶な戦死を遂げた。赤備えは後に井伊直政に受け継がれ、「井伊の赤備え」として徳川四天王の象徴となった。
人物像
小柄でありながら戦場では誰よりも勇猛果敢。信玄の絶大な信頼を受けた武田四天王の一人として、常に最前線に立ち続けた。
歴史的意義
赤備えの創始者として戦国史に名を残した。赤備えは武田滅亡後、徳川家康に仕えた井伊直政に引き継がれ、江戸時代を通じて最強の軍装として語り継がれた。
逸話・エピソード
赤備えの創始
配下の兵の鎧・旗・馬具をすべて赤で統一した「赤備え」を考案。戦場で一目で味方とわかり、敵には恐怖を与える心理効果があった。この赤備えは武田滅亡後に井伊直政が引き継ぎ、「井伊の赤備え」として関ヶ原でも活躍した。
長篠の戦いでの最期
1575年の長篠の戦いで、織田・徳川連合軍の鉄砲隊に突撃を敢行。馬防柵の前で銃弾を浴びながらも怯まず、壮絶な戦死を遂げた。享年47。武田軍最後の輝きであった。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U