1863年、信濃国上田(現・長野県上田市)の武家に生まれた。東京帝国大学医科大学を卒業、ドイツに留学してウィルヒョウの流れを汲む病理学を学んだ。帰国後、東京帝大教授として病理学を講じ、癌研究に生涯を捧げた。当時、癌の原因は未解明で「寄生虫説」「慢性刺激説」など諸説あった。山極は英国のパーシヴァル・ポットが煙突掃除人の陰嚢癌を報告したことに着目、化学物質による慢性刺激が癌を生む可能性を実証しようとした。1915年、助手の市川厚一とともにウサギの耳に3年間コールタールを塗布し続け、世界で初めて人工的に癌(扁平上皮癌)を発生させることに成功した。この業績は化学発癌説を確立し、癌研究の方向性を決定づけた。ノーベル賞に7回ノミネートされたが受賞には至らず、1930年に病没、享年67。