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PERSON
山極勝三郎
山極勝三郎
世界初の人工癌生成に成功した病理学者
1863-1930 · 享年 67歳
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生涯
1863年、信濃国上田(現・長野県上田市)の武家に生まれた。東京帝国大学医科大学を卒業、ドイツに留学してウィルヒョウの流れを汲む病理学を学んだ。帰国後、東京帝大教授として病理学を講じ、癌研究に生涯を捧げた。当時、癌の原因は未解明で「寄生虫説」「慢性刺激説」など諸説あった。山極は英国のパーシヴァル・ポットが煙突掃除人の陰嚢癌を報告したことに着目、化学物質による慢性刺激が癌を生む可能性を実証しようとした。1915年、助手の市川厚一とともにウサギの耳に3年間コールタールを塗布し続け、世界で初めて人工的に癌(扁平上皮癌)を発生させることに成功した。この業績は化学発癌説を確立し、癌研究の方向性を決定づけた。ノーベル賞に7回ノミネートされたが受賞には至らず、1930年に病没、享年67。
人物像
執念の研究者。3年間、来る日も来る日もウサギの耳にコールタールを塗り続けるという地道な作業を、助手の市川とともに最後までやり抜いた粘り強さは伝説的。武家の出らしい誇り高さと、科学的厳密さへの徹底した姿勢が共存していた人物。
歴史的意義
山極の研究は「化学発癌」という概念を確立し、20世紀後半の発癌物質研究の基礎となった。タバコ・アスベスト・ベンゼンなど現代の発癌性物質の同定は、すべて山極の手法の延長線上にある。1926年のノーベル生理学・医学賞は山極ではなく寄生虫説のフィビゲルに贈られ、後にフィビゲル説は誤りと判明、山極こそ受賞に値したとの声が今も強い。長野県上田市には山極勝三郎記念館があり、市の偉人として顕彰されている。
逸話・エピソード
1915年——ウサギの耳に現れた奇跡
1913年から山極と市川は数十匹のウサギの耳に3日に1度コールタールを塗り続けた。多くのウサギが途中で死に、実験の是非を疑う声もあったが、二人は諦めなかった。1915年秋、ついに一匹のウサギの耳に明らかな癌腫が発生。顕微鏡で扁平上皮癌と確認された。続いて複数のウサギで同様の癌が確認され、同年11月25日、東京医学会臨時会で「実験的癌腫発生」として発表された。世界が「癌は作れる」ことを知った瞬間であった。
ノーベル賞を逃した男——1926年の悲劇
1926年のノーベル生理学・医学賞は、デンマークのヨハネス・フィビゲルに贈られた。彼は「スピロプテラ寄生虫が癌を起こす」と主張していた。山極もノミネートされていたが、寄生虫説の方が当時の「感染症パラダイム」に適合すると判断されたのである。しかし後にフィビゲルの主張は誤りと判明、寄生虫は癌の原因ではなかった。一方、山極の化学発癌説は全く正しく、今も癌研究の基礎である。多くの医学史家がこの受賞を「ノーベル賞史上最大の誤り」と評し、山極こそ受賞者であるべきだったと言う。
─ 完 ─
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