山名豊数
山名豊数
因幡守護・武田高信の下克上に敗れた当主
?-? · 享年 35歳
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布勢天神山城を訪れると出会えます
ゆかりの地 1か所
山名豊数を訪ねる
1 ヶ所
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生涯
山名棟豊の従兄弟で、永禄4年(1561年)に棟豊が18歳で早世したため因幡国主の座を継ぎ、布勢天神山城主となった。しかし重臣・武田高信が離反し、永禄6年(1563年)4月の鳥取城攻めに失敗、同年冬には武田勢に攻められて布勢天神山城を放棄し鹿野城へ退いた。翌永禄7年(1564年)7月にも鹿野城下まで攻め込まれ、以後史料から姿を消す。弟に、後に鳥取城主となり豊臣秀吉に降った山名豊国がいる。
人物像
若くして因幡国主を継いだが、重臣の下克上に翻弄され、居城を追われる苦境に立たされた守護大名。
歴史的意義
布勢天神山城からの退去は、因幡守護・山名氏の権威が家臣の下克上によって失われていく過程を象徴する出来事とされる。
─ 完 ─
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