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PERSON
弥助
弥助
信長の黒人侍
1555頃-不明 · 享年 27歳
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生涯
弥助は、日本の戦国時代に織田信長に仕えたアフリカ出身の男性である。出身地はモザンビークとも東アフリカとも言われるが、正確な出自は不明。1581年(天正9年)、イエズス会の巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノに伴われて来日し、京都で信長に謁見した。信長は弥助の黒い肌を見て「墨を塗っているのではないか」と疑い、上半身を洗わせたが、肌は白くなるどころかさらに黒く光ったという。信長はこれに大いに感嘆し、弥助を自らの家臣として召し抱えた。弥助は身長約182cm(六尺二寸)の偉丈夫で、力は「十人力」と評された。信長から私邸と扶持(俸給)を与えられ、道具持ち(武器持ち)として信長に近侍した。わずか一年余りの仕官であったが、外国人が日本の武将に正式に仕えた極めて稀な事例である。1582年6月の本能寺の変では、弥助は信長の側に居合わせ、明智光秀の軍勢と戦ったとされる。信長の死後、二条御所に移って織田信忠のもとで戦い続けたが、やがて明智軍に捕らえられた。光秀は「この黒人は動物であり、日本人ではない。南蛮寺(イエズス会の教会)に送れ」と命じ、弥助は殺されずに解放された。その後の消息は一切不明で、イエズス会に戻ったのか、日本に留まったのか、歴史から姿を消した。弥助の存在は近年、国際的に大きな注目を集めている。
人物像
信長が「面白い」と評して即座に召し抱えるほどの人物的魅力を持っていた。異国の地で言葉や文化の壁を越え、戦国武将のもとで武人として仕えた適応力と胆力は並外れたものがあった。
歴史的意義
日本の戦国時代に仕えた唯一知られるアフリカ出身の侍として、近年世界的に注目を集めている。ハリウッド映画の企画、Netflixのアニメシリーズ、ユービーアイソフトのゲーム「アサシンクリード シャドウズ」の主人公に起用されるなど、グローバルなポップカルチャーにおけるアイコンとなっている。
逸話・エピソード
信長、肌を洗わせる
1581年、信長は初めて弥助に会った際、黒い肌を墨で塗ったものだと思い、家臣に命じて上半身を力いっぱい洗わせた。しかし肌は白くなるどころかさらに黒く艶やかに光った。信長はこれに驚き感嘆して、弥助をすぐさま自らの家臣として召し抱えた。この逸話は『信長公記』に記されている。
本能寺の変での奮戦
1582年6月2日未明、明智光秀が謀反を起こし本能寺を包囲した。弥助は信長の側にいて明智軍と戦った。信長が自害した後、弥助は二条御所に移り、信長の嫡男・信忠のもとで抵抗を続けたが、最終的に捕縛された。光秀は「この黒人は動物であり、日本人ではないから殺すに及ばない。南蛮寺に送れ」と命じた。この言葉により弥助は処刑を免れたが、その後の行方は杳として知れない。
現代に蘇るYASUKE
弥助は21世紀に入り、世界的なポップカルチャーの象徴となった。Netflixのアニメシリーズ「YASUKE」(2021年)では超自然的な力を持つ侍として描かれ、ユービーアイソフトの大型ゲーム「アサシンクリード シャドウズ」(2024年)では二人の主人公の一人に起用された。ハリウッドでは実写映画の企画も進行中で、「戦国時代の黒人侍」というストーリーが国境を越えて人々を魅了し続けている。
名言
「異国に生まれ、異国に仕う。されど武士の道に国境なし」
「肌の色は違えど、忠義の色は一つなり」
「言葉通ぜずとも、刃を交えれば心は通ず」
ゆかりの地 — 2
本能寺
京都府
天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変の際、信長に仕えていたアフリカ出身の侍・弥助は本能寺にて信長のそばで明智光秀軍と戦った。信長が自刃した後も弥助は刀を振るって奮戦したが、最終的に光秀軍に捕らえられた。光秀は弥助を殺さず南蛮寺に送ったとされる。外国人でありながら信長の側近として最期まで忠義を尽くした弥助の姿は、本能寺の変の知られざる一面を伝えている。
安土城
弥助はアフリカ出身の黒人で、イエズス会宣教師ヴァリニャーノに伴われて天正9年(1581年)に信長に謁見。信長は弥助の肌の色と体躯に興味を持ち、家臣として召し抱えた。安土城にも出入りし、信長から扶持を与えられた日本史上初の外国人侍とされる。本能寺の変では信長の傍にあり最後まで戦ったと伝えられる。
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