国是三論と開国論——熊本藩の儒者が幕末政治に与えた思想的影響
横井小楠は熊本藩の儒者として「国是三論」(1860年)で開国・海外貿易・西洋文明の積極的受容を説いた。当時の攘夷論が支配的な中、「開国和親」を主張する小楠の思想は急進的なものだった。松平春嶽に招かれて越前藩の政治顧問となり、幕府政治にも影響を与えた。1868年の明治政府成立後は参与として活躍したが、1869年1月に京都で尊攘派の刺客に暗殺された。享年61歳。「公議輿論」(議会政治)の理念を説いた小楠の思想は板垣退助らの自由民権運動の思想的源泉の一つとなった。