character/[id]

PERSON
吉田兼好
吉田兼好
『徒然草』著者・兼好法師
1283?-1352? · 享年 69歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
卜部(うらべ)氏の出身で、本名は卜部兼好。後二条天皇に仕えた後に出家し兼好法師と称した。1330年頃に随筆『徒然草』を著し、人生・自然・無常・処世など多岐にわたる話題を243段にわたって綴った。鋭い観察眼と洒脱な文体で人間の愚かさや世の移ろいを描き、和漢の教養に裏打ちされた含蓄ある文章は後世に多大な影響を与えた。
人物像
鋭い観察眼と軽妙洒脱な筆致を持つ隠者的文人。世俗を離れつつも人間への関心を失わず、時にユーモラスに、時に辛辣に人々の営みを描いた。
歴史的意義
『徒然草』は『枕草子』『方丈記』と並ぶ日本三大随筆。処世訓や美意識の書として江戸時代以降広く読まれ、日本人の価値観形成に大きな影響を与えた。
逸話・エピソード
「あだし野の露」の一節
『徒然草』第137段に「あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ち去らでのみ住み果てぬならいならば、いかにもの哀れもなからん」と記した。兼好は「すべて永続きしないものにこそ美と感動がある」という無常観を通じて、人間の存在の尊さを説いた。この美意識は日本文化の根幹にある「もののあわれ」を凝縮している。
「木曾の最期」を引用した思索
兼好は第238段で木曾義仲の壮烈な最期を引きながら、武士の死に美しさを見出した。また第150段では「能をつかんとする人は、ただ暇なく励むべし」と記し、技芸への精進を説いた。元武士の視点と出家者の洞察が融合した兼好の文章は、中世日本の知性の結晶として千年後の今も読まれ続けている。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U