毒盛り疑惑と政宗への複雑な愛——強烈な個性の戦国の母
義姫(最上義光の妹)は伊達輝宗に嫁ぎ政宗を生んだ。政宗が天然痘で右目を失明すると、義姫はその容貌を嫌い次男・小次郎を溺愛したと伝わる。1590年、義姫が政宗の食事に毒を盛ったとの疑惑が生じ、政宗は弟・小次郎を自ら手にかけた。義姫は我が子のために毒を使ったのか、それとも全くの濡れ衣だったのかは今も定かでない。義姫は実家の最上家に帰り、関ヶ原では弟・最上義光が東軍に属したため伊達・最上両家の仲介役を果たした。政宗との関係は終生複雑だったが、最晩年には和解したともされる。