結城晴朝
結城晴朝
結城家17代当主・中久喜城で隠居
1534-1614 · 享年 80歳
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生涯
天文3年(1534年)生まれ。下総結城氏17代当主として結城城(現・茨城県結城市)を本拠とし、下野・常陸方面の諸勢力の間で結城家の存続を図った。実子に恵まれなかったため、天正18年(1590年)の小田原征伐の際に豊臣秀吉に願い出て、徳川家康の次男・秀康(後の結城秀康)を養子として迎え入れ、結城家18代当主とした。晴朝は家督を秀康に譲ると、下野国小山の中久喜城(別名・栃井城)に入って隠居し、以後の日々をここで過ごした。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで家康が勝利すると、秀康は恩賞として結城10万石から越前国北ノ庄67万石へ加増転封され、晴朝や家臣団の多くも慶長6年(1601年)に結城を離れた。晴朝は慶長19年(1614年)に80歳で没した。
人物像
実子のいない自家の存亡を賭け、天下人秀吉に直接働きかけて家康の実子を養子に迎えるという大胆な政治判断を下した戦略家。
歴史的意義
徳川家の血を結城家に引き入れたことで結城秀康・越前松平家の礎を築き、晴朝自身が隠居した中久喜城は現在「小山氏城跡」の一部として国史跡に指定されている。
さらに深く
家系図
本人
結城晴朝
1534-1614
養子
1574-1607
結城秀康
徳川家康の次男。結城家18代当主となり、後に越前松平家の祖となった。
─ 完 ─
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