結城宗広
結城宗広
白河結城氏2代・建武の忠臣
1266-1339 · 享年 73歳
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ゆかりの地 1か所
結城宗広を訪ねる
1 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
白川城
福島県
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生涯
白河結城氏の祖・結城祐広の子で2代当主。文治5年(1189年)、結城氏の祖・結城朝光が源頼朝から白河荘地頭職を得たのが白河結城氏の起こりで、祐広が正応2年(1289年)頃に下総結城から白川城へ移り住んだと伝わる。元弘3年(1333年)、後醍醐天皇の綸旨を受けて新田義貞と共に鎌倉に攻め入り、鎌倉幕府滅亡に貢献した。建武の新政では北畠顕家の陸奥守任官・奥州赴任に伴い諸郡奉行に任じられ、奥州統治の一翼を担った。建武3年(1336年)、顕家と共に足利尊氏方の京都を攻める戦いで戦功を挙げ、後醍醐天皇から宝刀「鬼丸」を賜ったと伝わる。延元3年(1338年)に顕家が和泉国石津で戦死した後、義良親王を奉じて奥州へ下向しようとしたが海路で遭難し、翌延元4年(1339年)伊勢で客死した。
人物像
鎌倉幕府討幕から建武新政の奥州経営まで、一貫して後醍醐天皇・北畠顕家に忠義を尽くした武将。
歴史的意義
白川城跡には文化4年(1807年)、宗広の忠義を顕彰する「感忠銘」の碑が建立されており、今も白河結城氏の歴史を伝える史跡となっている。
─ 完 ─
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