由良成繁
由良成繁
金山城主・柄杓山城最後の城主
1506-1578 · 享年 72歳
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生涯
永正3年(1506年)、横瀬泰繁の子として生まれる。家督を継いだ後、姓を横瀬から由良に改めた。上野国新田金山城を本拠に勢力を拡大し、元亀4年(1573年)3月には桐生城主・桐生親綱との対立の末に柄杓山城を攻め落として桐生氏を滅ぼし、224年続いた桐生氏の支配に終止符を打った。翌天正2年(1574年)、金山城を嫡男・国繁に譲って隠居し、自らは柄杓山城に入った。隠居後は鳳仙寺を建立し、石垣を用いた改修を行うなど城と城下町の整備に努め、善政を敷いたと伝わる。天正6年(1578年)6月30日、桐生の地で73歳の生涯を閉じた。正室・妙印尼は後年、金山城籠城戦を指揮した女傑として知られる。
人物像
智謀に長け、隣接勢力を圧倒する政治力と築城技術を兼ね備えた戦国武将。隠居後も城下町の整備に尽力する行政手腕を発揮した。
歴史的意義
桐生の地に確固たる支配を築いた人物として、柄杓山城跡や由良成繁の墓が桐生市の史跡として今に伝わる。
さらに深く
家系図
本人
由良成繁
1506-1578
正室
1514-1594
妙印尼
金山城籠城戦を指揮した女傑として知られる。
─ 完 ─
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