御嶽神社の信仰は長野・岐阜にまたがる**御嶽山(標高3,067m)**を霊山とする山岳修験から発展した。奈良時代に行者・覚明(かくめい)が開山し、江戸時代に「普寛(ふかん)行者」が登山道を整備したことで庶民の参拝が可能になった。
江戸時代中期以降、御嶽山を信仰の対象とする**講社(御嶽講)**が関東・東海・中部一円に爆発的に広がった。講社は地域の信者が集まって資金を積み立て、代表者が御嶽山へ代参する相互扶助組織で、農村コミュニティの社会的絆と宗教的求心力を兼ねた。
現代でも長野・木曽の御嶽山麓には多数の講社宿泊施設が残り、夏山シーズン(7月上旬〜10月中旬)には全国から行者・登山者が訪れる。
御嶽信仰の独自性は、仏教色の強い比叡山・高野山と異なり、**神道的な「かながら(神ながら)の道」**を重視した点にある。天照大神・国常立尊への帰依を中心とし、「みそぎ祓い」「御霊入れ」「神懸かり(カミナガリ)」などの神降ろし儀礼が今も修験者の間で行われる。
春日大社は奈良の原始的な山岳信仰の名残を持つ神社で、御嶽信仰と共通する山と神の結びつきを感じられる。諏訪大社もまた山・水・農業と深く関わる大社として、御嶽信仰と隣接する文化圏を形成している。