龍王・高龗神の信仰が日本全土に広まった背景には、農業社会における雨への切実な需要がある。日本の稲作農業は水の管理に命運がかかっており、旱魃(かんばつ)は即座に飢饉へと直結する。
平安時代、京都の貴船神社や丹後の龍神社では旱魃のたびに**雨乞い神事(祈雨祭)**が行われた。貴船神社への奉幣使派遣は朝廷の公式儀礼として定着し、「貴船の神(高龗神)に雨を乞う」ことは国家的行事であった。
中世以降は仏教の**請雨経法(しょううきょうほう)**と結びつき、神仏習合の形で龍王への祈りが農村に根付いた。熊野速玉大社は熊野信仰の中核として、水・川・海と深く結びついた聖地である。
龍宮の概念は漁業集落に深く根付いている。浦島太郎の伝説は龍宮(海底の宮殿)を治める龍王との交流を描いており、漁師たちが海上安全・豊漁を祈る対象として龍王を祀った。海岸・岬・島に龍王社・龍神社が多いのはこのためである。
諏訪大社は内陸の湖(諏訪湖)を御神体とし、水・農業・気候を司る神として龍王・水神と類似した信仰圏を持つ。白山神社は白山を水源とする川の守護神として、水との深い縁を持つ。