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延喜式内社の論社と伝わる足立氏ゆかりの古社・明治の合祀を経て「氷川神社」から旧社名「足立神社」に復した
JR川越線西大宮駅から徒歩約12分
埼玉県さいたま市西区飯田
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埼玉県さいたま市西区飯田に鎮座する古社で、足立郡の名を負う「足立神社」を称する延喜式内社の論社のひとつ。
社伝では第七代孝霊天皇の御代の創建で猿田彦命を祀り、のち日本武尊が東征の折に立ち寄って素戔嗚尊を勧請したと伝えられる。
古代に足立郡を治めた足立氏が奉斎した氏神とされ、崇敬を集めて『延喜式神名帳』に載る式内社に数えられたと伝わる。
江戸時代には「足立神社」を称する社が複数存在し、いずれが本来の式内社かを巡って論社となった経緯を持つ。
現在地には旧飯田村の鎮守であった氷川神社があり、明治六年(1873年)に村社に列せられた。
明治四十年(1907年)の神社合祀により植水村内の三十社が氷川神社に合祀され、旧植田村・旧水判土村の足立神社二社もこれに加わったことを機に、社号を「氷川神社」から「足立神社」へと改めた。
合祀を重ねた結果、祭神は猿田彦命・素戔嗚尊をはじめ多くの神々を合わせ祀る。
荒…
社伝によれば第七代孝霊天皇の御代に猿田彦命を祀って創建されたと伝わり、日本武尊の東征に際して素戔嗚尊を勧請したという。古代に足立郡を治めた足立氏の氏神として崇敬され、『延喜式神名帳』に載る式内社「足立神社」の論社のひとつに数えられる。江戸期には同名の社が複数存在し論社となった。現在地はもと旧飯田村の氷川神社で、明治六年(1873年)に村社となり、明治四十年(1907年)の神社合祀で植水村内の三十社を合祀した。この際、旧植田村・旧水判土村の足立神社二社を合祀したことを機に社号を氷川神社から足立神社へ改称し、旧植水地区の総鎮守として今日に至る。
良縁成就・恋愛成就・夫婦円満。出雲大社・地主神社・川越氷川神社などが有名。
御祭神「猿田彦命・素戔嗚尊ほか(合祀により多数)」のご神徳に由来
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