和銅2年(709年)、修験道の行者・火生坊が秋葉山に火之迦具土大神を祀ったことに始まると伝わる。平安・鎌倉期を通じて山岳信仰と修験道の霊場として栄え、遠州一帯の人々の崇敬を集めた。中世には戦乱の影響を受けながらも法灯を維持し、戦国時代には今川氏や徳川氏など地域の有力武将からも崇敬を受けたとされる。江戸時代に入ると「秋葉講」が全国規模で組織され、御師(おし)が各地を廻って秋葉大権現の火防の御札を頒布したことで、庶民の間に「秋葉信仰」が広く浸透した。明治の神仏分離令(1868年)により、それまで神仏習合の形態をとっていた秋葉大権現は秋葉神社と改称され、仏教的要素が排除された。1945年以降の戦後復…