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安楽寺跡(三浦市初声町)
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安楽寺跡(三浦市初声町)
神奈川県
創建
1943
種別
史跡
アクセス
京急三浦海岸駅からバス、または徒歩。詳細は天養院(旧本尊薬師如来安置)で確認可能
神奈川県三浦市初声町和田(旧国道134号沿い)
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基本情報
史跡
創建 1943
83年目
概要
三浦市初声町和田の旧国道134号沿いにかつて存在した浄土宗の寺院跡。山号は仏照山、寺号は安楽寺と称した。本尊の薬師如来像は奈良時代の名僧・行基作と伝わる長2尺7寸5分の古仏で、和田義盛の護持仏でもあった。寺は和田義盛が自邸の裏鬼門を守護するため建立したと伝わり、和田氏主従が篤く帰依した。鎌倉時代以降、地域の人々の信仰を集めてきたが、太平洋戦争中の昭和18年(1943年)、三浦半島が東京湾要塞の一翼として軍部の管理下に入った際、国道134号の拡張に伴って解体・廃寺となった。本尊の薬師如来像は現在、近隣の天養院(三浦市初声町和田)に客仏として遷座され、神奈川県指定重要文化財に指定されている。寺の跡地には現在、石仏2体と手水鉢のみが残り、往時を偲ぶことができる。和田義盛と鎌倉武士団の信仰の痕跡を伝える史跡。
由緒
安楽寺の創建年代は明らかでないが、寺伝によれば鎌倉幕府の重臣・和田義盛が自邸の裏鬼門の方角に当たる当地に、屋敷を護持するため建立したと伝わる。本尊の薬師如来像は奈良時代の高僧・行基菩薩作と伝えられる古仏で、和田義盛の護持仏として尊崇された。和田義盛は文治5年(1189年)に運慶仏を運慶に造像させて浄楽寺(横須賀市芦名)を開基するなど、三浦半島一帯に厚い信仰を残した武将であり、当寺もそのゆかりの寺として三浦・和田氏の信仰の中心の一つであった。建暦3年(1213年)の和田合戦で義盛が敗死した後も寺は地域の信仰を集めつつ法灯を継承した。江戸時代には浄土宗の寺院として地域に根付き、近郊の檀家を抱える地…
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wada-yoshimoriとのつながり
鎌倉幕府初代侍所別当・和田義盛は、自邸の裏鬼門を守護するために安楽寺を建立し、行基作と伝わる薬師如来像を護持仏として安置した。義盛は文治5年(1189年)に運慶に造像させた阿弥陀三尊などを安置する浄楽寺(横須賀市芦名)を開基したことで知られる武将で、安楽寺もまた義盛と和田氏一族の信仰を集めた寺であった。建暦3年(1213年)の和田合戦で義盛が敗死した後も、寺は地域の信仰を集めて存続したが、昭和18年(1943年)の三浦半島要塞化で廃寺となった。本尊薬師如来像は天養院に遷座され現在に至る。

ゆかりの人物
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