備後護国神社は、明治元年(1868年)に戊辰戦争の戦死者を慰霊するため、福山藩主阿部家の発意により福山城本丸跡に創建された「福山城阿部神社」を起源とする。明治以降、日清・日露戦争や第一次世界大戦など歴代の戦没者が順次合祀され、備後地方の戦没者を祀る地域の精神的拠り所として発展した。第二次世界大戦後、1946年(昭和21年)にGHQの神道指令により一時的に官国幣社制度が廃止されたが、宗教法人として再出発し護国神社の名称を継続した。昭和32年(1957年)には、同じく備後地方の戦没者を祀っていた「備後神社」を合祀・統合し、現在の備後護国神社としての体制が整えられた。以来、備後地方出身の戦没者3万余…