長久寺の前身の一つ、長徳寺は嘉元元年(1311年)に地元郷士・長野修理之助によって開かれた。本尊に地蔵菩薩を祀り、地域の農村社会の信仰の場として中世から続いた。もう一方の前身・盛久寺は創建年代不詳だが普明国師が開いたと伝わる古刹で、長い間住職不在の状態が続いていた。明治5年(1872年)、廃仏毀釈の波を受けた寺院再編のなかで両寺が合併し、長徳寺の「長」・盛久寺の「久」を取って「日輪山長久寺」と命名された。臨済宗天龍寺派の禅刹として新たな出発を切り、中興の祖・三上戒山和尚の代に本堂・鐘楼・山門・石垣などの整備が進んだ。弥勒菩薩を本尊として祀り、本山・天龍寺で布袋尊(弥勒菩薩の化身)として信仰され…