建長5年(1253年)、日蓮聖人(是聖房蓮長)が比叡山遊学の途上に藤枝を訪れ、茶屋を営む道円・妙円夫妻を教化し、夫妻が自宅裏に法華堂を建立したのが草創と伝わる。天文5年(1536年)に大円院日遵が伽藍を建立して中興し、以降は田中城の祈願所「さむらい寺」として栄えた。天和3年(1683年)・宝永5年(1708年)の二度の大火で多くの資料を失ったが、日蓮お手植えの久遠の松と大毘沙門天像は難を逃れた。天明8年(1788年)には廃城後の相良城御殿を移築して庫裡とし、江戸期は田中藩主太田家の菩提所として機能した。文久年間(1861〜64年)には14代将軍徳川家茂が病気平癒を祈願して参拝したと伝わる。